
また日本の技術で、長年の懸案であった瓦屋根の補修も行われ、歴史的建物も更に長く使用できるようになる。
私が初めて見学した1989年から展示内容に大きな変化はなかったが、今月常設展示物が部分的に新しくなった。

10年程前、前の館長から所蔵品の漢字を読んで欲しいと頼まれ、一階の所蔵庫へ案内されたことがあったが、その際に見た戦前の日本時代に展示されていた物が、かなりの量そのまま眠っていた。
何時の日か少しずつ私達の目の前に展示される機会があればと思う。

場所は日本センターで、現役のガイド+日本センター日本語講座の生徒+サハリン総合大学の学生など19名が熱心に受講してくれました。
ガイドとして必要な知識とホスピタリテイーや、特に日本の観光客を満足させる秘訣など講義しながら、受講生達の意見や感想なども聞きながら二日間が過ぎてしまいました。

そして、受講者に終了証を交付しました。
その後懇親会が行われ皆さんから、講座の印象や意見も伺いました。
やはり想像していた通り、一年間を通してガイドの仕事で生計を立てることが難しいため、ガイドの専業として働くことが困難であるという。
やはり、ガイドのみならず観光マネジメントまで範囲を広げなければならないようだ。とりあえず主催者にご理解いただき、来年も開催する事を約束しました。
機会があれば、今回受講した生徒のガイド仕事の様子を是非見たい。
▼ 樺太資料館
道庁赤レンガ庁舎2階の一室に、数々の資料が当時の生活や歴史の流れを紹介している。

やはり出だしは、間宮林蔵の功績が銅像と共に詳しく紹介されている。
赤レンガ庁舎自体が歴史的な建造物だが、その中にかつて多くの日本人が暮らした郷愁の地樺太を偲ぶコーナーも見らる。
普段仕事で訪れるサハリンの当時の様子を見ることは、いつも新しい気持ちにしてくれる気がする。

終戦まで稚泊航路(稚内=大泊)に就航していた「亜庭丸」のレプリカも展示されている。通年を通して運航されていたため、砕氷船だった。
現在、稚内港にもコルサコフ港にもその面影が残る。
たまたまこの日は、北海道とロシア極東3地方との合同会議が、同じ2階フロァの会議室で行われその帰りに立ち寄ってみた。
当然、会議のテーマの中にフェリー航路の利用促進も話し合われた。
私が見ている間、明らかに樺太出身者と思われる年代の女性が一人熱心に見入っていて、帰りがけにアンケート用紙に念入りに記入している姿が印象的だった。








