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榎本武揚とロシア

榎本武揚とロシア に関する記事です。
今年は、榎本武揚没後100年に当たり、小樽や函館で様々なイベントが企画されている。
明治維新以後の歴史の中で、比較的中心的に扱われなかった榎本が表に出てきたことを、個人的にも歓迎します。
1988年ころ、サハリンの不定期航路を実現させるため、歴史的な調査をしていた頃、間宮林蔵・松浦武四郎・高田屋嘉平・大黒屋光太夫などの人物にあたり、吉村昭氏の「北天の星」などを読んでおりました。
そして、その時代の書物を探すうちに、勝海舟・榎本武揚に出会います。
中でも榎本は、函館戦争以後かつて学んでいた洋学の知識をかわれ、北海道開拓使に迎えられることから、持ち前の才能を北海道の為に発揮して行きます。
そして、ロシアとの「千島樺太交換条約」締結の為、当時のペテルブルグを長い期間かけて往復し、帰路はウラジオストクで、黒田清隆との待ち合わせには間に合わなかったが、遅れて小樽へ帰国する。
凱旋門

写真は、再現されたウラジオストクのニコライⅡ世を迎えるために造られたの凱旋門です。
黒田と榎本は、ウラジオストクをロシア極東の貿易パートナーと考え、積極的に北海道の産品を売り込みました。その際、小樽港と函館港を活用していました。
そのようなことで、現在も経済的に発展するロシアへの輸出を、考えられないのだろうか。
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