食品を中心に繊維品や鉱物など、広く北海道で産出される展示品が紹介され、後に輸出を成功させている。

その際、黒田清隆が陣頭指揮を執り自らも現地に乗り込んでいる。
同じ時期、先にペテルブルグで「千島・樺太交換条約」の締結に出かけていた榎本武揚の帰りを、黒田がウラジオストクで待ち受けていたが、榎本の帰りが遅れていたため待ちきれずに帰国してしまうのである。
榎本については、1986年頃当時サハリンへの航路開設を目指して、間宮林蔵や松浦武四郎を調べ始めていた途中に出会った一冊の本「資料 榎本武揚」加茂儀一著で、榎本を知りその多彩な才能に驚かされ、後々彼に興味を持つようになって行った。
そして今年の秋、小樽に「榎本武揚没後100年記念事業小樽実行委員会」が設立されたことを知り、平成20年の事業に参加したいと今から楽しみにしている。
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