2010年09月

2010年09月 に関する記事です。
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ユジノサハリンスクには、まだ共産主義通りがありレーニン広場も残されています。
大抵なら名称を変えられているところですが、おそらくロシア人は歴史的な事実は事実として認めているからか?
と考えてみました。
かつて樺太時代に札幌の碁盤の目を真似た区画で、現在もその面影が残されています。
市内1
ソ連時代は通りの名にふさわしくこの建物は、サハリン州共産党委員会として最高の権力を持っていたところです。現在は、州立古文書館や裁判所が入っています。
今でも建物の姿には、威厳があるように見えます。
そして、すぐその前にある州立博物館の中庭の噴水が、市民のくつろぎの場となっています。
市内2
ここ博物館も周辺の空き地に様々な展示物を増やして、特に今年の9月上旬には千島列島の北の端「守占島から運ばれた日本軍の戦車が新たに加わりました。
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今年は、戦後から65年目の年です。
ロシアでは、サハリンや旧満州での終戦に合わせて9月2日に新しく記念日を設けたりしましたが、それぞれの国の考え方で終戦記念日を決めていることでいいのでわないかと思う。
あくまでわが国は、8月15日でこの日が来れば様々な思いで二度と戦争をしてはいけないと再認識するのです。
そういえば、25目でようやく公開せれた映画を駆け込みで見ました。
旧樺太の真岡といえば、電話交換手の服毒自殺と語られるくらいの実話です。
残念ながら原作や映画を作る側、その当時の世相などがありそれを理解しながら観賞しました。
さて、ユジノサハリンスクの博物館に残る国境の標石(レプリカ)です。
北緯50度に置かれていたものを復元したものです。
面影1
もっともっと時間が経ってしまったら、この地が日本領だったことも忘れられるか、それでも何かを残せるのだろうか。もうここに出入りして25年も経ってしまいましたが、この時間の流れの速さに驚いています。
面影2
現在街の南郊外にある墓地の中に残る日本人慰霊碑です。
ここを参拝するたびに、様々な思いが複雑に浮かんできてしまいます。

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最近頻繁に利用するホテルガガーリンです。
創業始めは、3階建ての閑静な建物で公園に面した落ち着ける雰囲気でした。
料金も控えめで、日本人好みのホテルでした。
その後、新館を建てすっかり高級感を出し料金も高くなっていました。
ところが、サハリンプロジェクトの関連が落ち着き始めた頃から、各ホテルの空室が目立ちはじめた時
このホテルが真っ先にホテル代を値下げしました。
実に対応が早くその後日本人観光客の利用が増えています。
現在の経営者は、創業者の娘さんで若い女性社長です。
庭園1
ガガーリン公園に面した部分に日本庭園を造ると聞いていましたが、長い時間かけて整備された結果できてみれば、日本的とも韓国的とも中国的とも見えます。
庭園2
いずれにしても、小さな瀧があり天気の良い日はこの庭園でのんびりと癒される雰囲気があります。
レストランの料理も美味しく、施設の中には日本料理店・カラオケBARもあります。
暫らくは、日本人観光客の利用が続くでしょう。

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先日のお彼岸を境に、すっかり秋風が吹き気温もどんどん下がり気味です。
余りにも昔からの言い伝えがドンピシャ過ぎて、・・・・・と言うしかありませんね。
それにしても暑かった今年の夏でしたが、サハリンも結構暑い日が多くありました。
夏1
でも子供達には、どんなに暑くても教室を出て野外の授業に喜んでいます。
短い夏を惜しんで、身体にいっぱい太陽の恵みを浴びましょう。
と、言う具合で先生が引率して州立図書館前にバスで降りた子供達です。
夏2
そんな光景を横目で見ながら私達は、普段日本ではありえないアイスクリームの食べ歩きを、してしまいました。
ロシアのESKIMOって、本当に美味しいんですよ。

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初めてサハリンへ来た人達との話題に、日本車の普及率についてその凄さを見て話します。
しかし、それも見慣れてくると、全く気にしなくなりごく当たり前に思えてきます。
むしろそれよりも珍しくロシア車を見た時の方が珍しく、シャッターを切ってしまいます。
ボルガ
とくに比較的新しく見える「ボルガ」なんて見ると希少価値に思えてしまいます。
特にサハリンでは、本当にめったに見られません。
日本車
おそらくTAXIだと思いますが、こんな光景も見慣れてしまいめったに写真を撮ることもありませんね。

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もう20年以上目前のこと、私にとってのサハリンは、ここから始まりました。
サハリンスカヤ通りで、ガガリン公園にも近いこの周辺は普通の住宅街でした。
その川の横に建つホテル「ツーリスト」は、ソ連時代国内の労働組合関係の組織の一つとして活動していました。
縁があって当時の総裁と信頼関係ができて、個人的にもロシアで最も親しい友人へとなった人と長い間仕事をした、大変懐かしいところです。
景色1
夏の景色もよいのですが、秋の紅葉も冬の純白の景色も感動です。
当時は、年間四季を通してサハリンに滞在して、仕事や週末の遊びに駆け回っていました。
景色2
当時箱型の小さなキヨスクだったお店も、今ではこんなにも立派なマガジンになっています。
ここでも時代の流れを感じさせれてしまいます。

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来年以降の運行が危ぶまれていた稚内=サハリン間のフェリー航路の存続が、ようやく決定しました。
世紀の巨大プロジェクト「サハリン大陸棚石油・天然ガス開発事業」の、インフラ工事関係が一段落した現在旅客も貨物も減り続けています。
その上、成田=ユジノサハリンスクのチャーター便が飛び、益々フェリー航路の存続を厳しい状況にしています。
今回、フェリー会社と地元稚内市の苦しい決断があったことでしょう。
フェリー
それよりも、この航路を存続させて行くためには、それぞれの立場からかなりの努力が必要となるでしょう。
それは、すでに道内の旅客目当てだけでは大きな集客を期待できないからです。
全国的な広範囲に渡るセール活動が必要でしょう。
しかも、成田発の航空機への対抗策を考える場合、地元稚内市を含む道北地方や宗谷地区も合わせて、ここを経由してサハリンへ行く特典やメリットを考えて売り込む必要があります。
厳しい状況の中、ようやく決まった航路の存続がまだまだ長く続いて行くことを願います。

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高い所=ガガーリンホテルの8階から見た景色です。景色1
この景色は西側の展望で、子供遊園地の観覧車とスタジアムのスタンドの屋根と照明塔がが見えています。
もう少し右側に寄れれば「山の空気」スキー場の正面が見えてきます。
それにしても公園の緑の濃さには、感動させられますね。
景色2
そして、更に東に目を向けるとホテルメガパラスと建設中のマンションが見えています。
山の上から縦に延びる線は、市民の初級用ゲレンデで、日本時代もゲレンデでした。
この山周辺では、この季節になるとキノコ狩りの人々が多く目立ちます。

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ガガーリン公園の池にその姿を映すかのように建っているのが、ホテルメガパラスです。
現在のところグレードからサハリンでTOPの存在です。
メガ1
まず設備でいえば、市内のホテルで唯一LANケーブルが使用出来るのが便利。
施設でいえば、レストランが3軒ありバンケットルームも会議室もある。
ビジネス関係者への対応も気がくばられている。
メガ2
レストランの中でも私が気にいっているのが、夏だけオープンしているテラスのレストランで食べる「シャシリーク」です。冷たいバルチカビルのNo.8を呑みながら食欲も出ます。
朝目が覚めたら早めに、ガガーリン公園を散歩してくると、食欲もでてきます。

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ガガーリン公園で、今も昔も変わらない人気のある子供鉄道です。
日本的にいえば、鉄道少年団とでもいうかんじでしょうか。
公園を一周する軽便鉄道は、運転から車掌業務・駅での乗車券発売業務も全て子供の手で行われています。
そこには、サハリン鉄道局も最大の協力をして未来の鉄道マンの後継者を育ています。
公園3
そして、小さな鉄道マンの指導をしているのが、定年退職した鉄道マン達でその姿が実に微笑ましく見えます。
可愛らしい列車の裏に見えているのが、子供鉄道駅です。
さて、もう一つ紹介したいのがロシアバーベキュー「シャシリーク」の野外レストランです。
公園4
ロシアには炭がありませんので、薪から燃やしてオキを作り肉の中までしっかり焼いてくれます。
特に豚肉は主で、大体一晩自前のたれに漬け込んで焼きます。
とりわけ北海道ならピクニックならジンギスカンですが、この国は「シャシリーク」が定番です。

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ガガーリン公園は、樺太時代の豊原公園です。
今では、池を中心に子供鉄道やテニスコート、ロシアバーベキューコーナーや子供の乗り物遊園地、スポーツスタジアムなど市民の憩いの場所です。
公園1
つい最近では、池の中から吹き出る噴水が作られました。
カフェや休憩所ができて、更に楽しめる場所になっています。
いたるところに日本時代の面影を残していますが、極めつけはこの池で当時は、王子製紙の工場に送る貯水池として使われていて、「王子が池」と呼ばれていました。
公園2
それを証明する石造りの名盤も残されていて、そのすぐ近くには小さな神社のお社の跡地があります。
この街もっとゆっくり見ると、古い日本時代の名残が発見できそうですね。

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サハリンでの休日の過ごし方は、選択肢が少ないため偏ってしまうか部屋でゴロゴロしてしまいます。
とりわけ遠出しないで、近場で時間を過ごすとしたらついつい足を運んでしまうのがガガーリン公園でしょう。
ですから、出かけると必ずと言っていいほどロシア人の知り合いと会います。
ただ何をすることもなく散歩、ベンチに腰掛けてボーッとするのもなかなか・・・・・。
公園1
ソ連時代からみると公園の施設や環境も本当に改善され、かなり綺麗になりました。
この周辺の貸しボートハウスも、見違えるほど景観がかわりました。
公園全体の雰囲気も明るく感じられるようになりました。
そして、この公園の北ゲート前にあるサハリン唯一の動物園も、移設拡充されて子供達の遊び場が確保されました。日本、円山動物園や旭山動物園とはいきませんが、数少ない行楽地のひとつです。
公園2

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ユジノサハリンスクのガガーリンホテルに近いコムソモリスカヤ通りにある店、以前から気になっていたのですが、丁度近くで仕事をして昼ごはんを食べ損なったため、このお店に入ってみた。
アラジン1
外観は、花で飾られた小さな喫茶店と言うイメージ「アラジン」、日本であれば女性好みの店構えです。
天気が良ければテラスも利用できるようになっています。
アラジン2
通常の昼の時間帯からずれていたので、店の中にはお客は一組だけでしたが、予想通りメルヘンチックなインテリアでした。インド風といえる布や民芸品に楽器シタールが置かれています。
そこで注文したのが、肉サンド+ロシアビールでした。
なんだか他の機会にもう一度来てみたい店です。

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サハリン州東海岸で西海岸に行くための分岐点となる街ウズモーリエ(旧白浦)は、やはり樺太時代も鉄道の分岐点として機関区がありました。
現在は、西海岸への定期列車も減りましたが北へ向かう鉄道の要所です。
勿論主要道路もここが分岐点となり、駅周辺はドライブインおそありませんが休憩場所となっています。
当然ここの広場には、ピロシキをはじめ各種おやつや飲み物、またこの海岸で取れるタラバガ二なども売られています。
カニ1
私も過去何回も車や鉄道でここを通り売られているカニを買いましたが、この日売られていたカニは久々に良質のもので、しかも茹でたての新鮮なものでした。
しかも値段がこの大物にして1,500円と聞いて驚き!
カニ2
速攻買った!!で、皆様と分けて食べてみましたが、やはり旨い!!!。
保存ができれば、日本に買って帰りたいくらいの旨さでありました。

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かつて、ロシアのどこの街へ行っても自由市場と呼ばれる青空市場がありましたが、今では衛生管理や
全天候型から大抵建物の中に入ってしまいました。
当時は、観光のコースにも組み込まれていました。
ここカムチャツカでもすっかりその傾向ですが、その一画に昔懐かしい光景を見つけました。
市場1
どうしても立ち止まって見たくなりますね。
すいでに、木の実や野菜も売っているようです。
市場2
そして、ホットドック屋さんもカラフルな建物で商売してます。
やはりこの雰囲気がいいですね。

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カムチャツカも夏の旅行シーズンが終わりました。
成田空港から3時間30分の所要時間は、気軽な海外旅行といえます。
特に大自然を求めて、多くのお客様が旅行されました。
山
初めてカムチャツカに来られた方たちは、まず視界に入る3千メートル級の山々の景色に驚かされため息をつきます。そして、空気の爽やかさにも気がつきます。
温泉付きのホテルでもゆっくりとくつろぐこともできます。
平原
高い山々を背景に緑の草原を駆ける馬の姿も絵になりますね。
是非、長期滞在をしてみたいものです。

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カムチャツカの中心は、商業港から役所街を通りスポーツスタジアムを抜けるあたりから、市場を中心に商店街の通りにが賑やかになります。
ホテル・元カジノはレストランに変わりましたが、新しい施設がどんどん建設されています。
街1
ファッション店・携帯電話のお店が複数・家庭電気店・スポーツ用品店・様々なブティクなどいつの間にか、このように発展していったか。
3年振りに訪れててみて本当に驚きました。
街2
ホテルの窓から見る景色が、20年前と余りにも変化してしまったことと、その向こうに見える山や空の風景まで違って見えてしまいそうです。

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経済成長を続けるロシアの中でも、最東端に位置するここカムチャツカももれなく発展しています。
街中どこを見ても新しい建物が増えています。
全国的にもいえることですが、ロシア正教会の建物がどんどん建てられています。
建物1
あちこちの街でこれこそが極東で一番と言いながら大規模な教会が建設されていますが、どれが一番か見分けがつきません。
それよりも、このよううに木造のシックな教会がいいですね。
特に周りの自然の景色と調和のとれた教会を見ると、気持ちまで癒されますね。
建物2
そしてこの建物は、空港から温泉地帯パラツゥンカへ向かう途中にできたレストランです。
店の外観も意外ですが、室内も出される料理もなかなか感心させられました。
次回も必ず立ち寄ると、決めました。

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今まで紹介してきた旧市街地から新市街地に向かう途中に、市内を縦断する大きな通り「10月革命50周年記念通り」を通ります。
小高い丘を通り過ぎるあたりで、真正面に微かに見えてくるのが活火山「アワチャ」です。
市内1
それよりも走っている車の殆どが日本車であることに驚きます。
サハリンやウラジオストクなら兎も角、こんなにも離れた地域まで日本車が運ばれているのです。
ただここからは、シアトルやアラスカが近いためアメリカ経済の影響も受けています。
観光としては、まだまだ山の魅力もあり海の魅力もあり、様々な観光開発の可能性のあるところです。
市内2
この戦車「T34型戦車」で、通りの一番目立つ場所に飾られています。

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