2009年09月

2009年09月 に関する記事です。
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生まれ故郷を訊ねてサハリンを旅する方達と同行することが多く在ります。
期待と不安を持ちながら行かれる方の、その時の緊張感が良く理解できます。
今回もホルムスク(旧真岡)へ行く途中、旧二股生まれの方と同行しました。
二股
その方は、この景色を憶えていたようです
真岡方面に見える山をみて、この景色と・・・・・立ち止まりました。
戦後64年経ちますから、おそらく幼い頃が蘇ったのでしょうか。
そしてもう一つ驚いたのは、畑の中に残された頑丈な建物を見て「奉安殿」といいます。
奉安殿
私は、サハリンで多くの残されたこの手の建物を見ているので判ります。
しかし戦後生まれの方々には、説明が必要なのでした。
ここは、学校の跡で奉安殿とは、当時天皇陛下と皇后陛下のお写真が飾られ、登下校の際必ず立ち止まり頭を下げご挨拶をすることを義務づけられていたのだそうです。
もう日本では見られないもので、私達の年代が知りえる二宮金次郎の銅像も消えてしまいましたね。
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サハリン西海岸最大の港ホルムスクは、不凍港として特に大陸側のワニノ港と結ばれたフェリー航路が、大変重要な役割を果たしています。
当然石油・ガス開発の関連では、サハリン2の資材受入の港としても重要な基地となっています。
昔から港町といえばいろいろな文化を早めに取り入れるイメージがありますが、ここももれなく独特の文化を持っているようです。
レストラン
今回ランチに立ち寄ったカフェバーで小さなお店でしたが、料理がなかなか食べやすく特にスープの味が最高でした。
決して豪華さはなくむしろ庶民的なイメージですが、なんとなく好感の持てるお店でした。
市内には、もっとメジャーなお店もありますが、ここはここでOKでした。
お店
次のお店は、たまたまバスを留めたところにあった食品店でしたが、以外に商品特にアルコール類の種類が豊富で思わずVODKAを買ってしまいました。
期待しない場所でいいお店に出会うと、本当に得した気分が楽しいですね。
旧真岡郵便局の跡地のすぐ近くでした。

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サハリンの秋は、比較的短く紅葉を楽しむ暇も無いくらいいっきに冬を迎えるような気がします。
丁度今頃は木の葉が黄色く色づき、次に赤い木の葉が目立ち始めた後に初雪が降りだします。
紅葉
現在は、白樺を初め黄色い木の葉の景色から赤い木の葉が色づいているところです。
サハリンも当然山には熊さんが多く生存していますが、日本のように住宅街まで出てくることはありません。ただ島の全体の頭数が増え続けているため、9月中旬から一般のハンターに対して狩猟を解禁しています。
外国のハンターもOKです。ご希望がありましたらお尋ねください。
さあ~サハリンもやがて旅行シーズンが終わります。
フェリーの運航回数も残り少なくなりました。
ホテル
今年は、シーズン始めから、ある特定のホテルに限りますが若干料金が下がりました。
来年こそ適正なホテル代や旅行代金で、もっと多くのお客様に利用していただきたいものです。

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サハリンの南に位置しかつて日本時代も亜庭湾で、今もアニワ湾と街の名前がアニワ市で、旧留多加でした。ここは今でも水産資源に恵まれていて、沖では毛ガニ・タラバガニ・オヒョウ・サケ・マスで、前浜ではホタテ・ホッキなどの貝が豊富です。
今では、民間の水産会社も多くサハリンの景気の良さにも貢献しています。
今回は、やはりここ留多加の出身者がいるということで立ち寄りました。
アニワ1
水産資源の豊富なところからやはり街並は、大変きれいに整備されていて豊かさを感じさせられました。市役所の建物も清潔な感じで、ついついトイレを我慢できない方がお世話になってしまいました。
アニワ2
ところで、ここの砂浜は7月下旬ともなれば、海水浴で大賑わいになるサハリンでも数少ないビーチです。短い夏ですがキャンプも盛んな海水浴場です。

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ホルムスクから海岸線を北に向かって未舗装道路を走り、かつての地名蘭泊(現在のヤブリチノエ)へ着きました。戦前ここに住んでいた方の希望でした。
村1
目印は、鉄道駅ということで現在の駅に車を止めてみました。
現在は小さな漁村で、潮風は昆布の香りを漂わせていました。
かつて活躍した豊真線は今や廃線となり、一日2本の客車が遠回りをして、ユジノサハリンスクからとネベリスクからと辛うじて運行されています。
村2
現在の地名ヤブリチノエからして、やはり昔はりんごが獲れたのか、と想像してみました。

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今から20年前稚内=サハリンの航路は、ここホルムスクから始まりました。
まず第一に観光客の受入パートナーとの契約、次にフェリーを運航する当時のサハリン船舶公団とのチャーター料の交渉と契約でした。
1988年のホルムスクは、ひっそりとした港町という印象でした。
ホルムスク1
従来大陸の東海岸ワニノ港と結ばれた航路に就航していたサハリン型フェリーを、客船用に内部を改装して使用しました。
しかも、その改装が乗船員の手作りで行われたと聞いて驚かされました。
当時稚内=ホルムスクは、片道9時間の航路でした。
ホルムスク2
この日見かけたフェリーは、やはり懐かしいサハリン8号でした。
9号・7号とともに何度乗船したかは、就航時から数えたことはありませんでした。
20年経って今見ると本当に愛着のある船の一隻です。

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サハリンで第ニ番目の街ホルムスクは、西海岸の温暖な気候に恵まれた港町です。
サハリン船舶公社の本拠地として、間宮海峡を斜めに横断する重要な航路を運航し、韓国や中国・東南アジアまで航路が広がる貿易港です。
昔から日本海から対馬海流が北上するため、冬でも不凍港として貴重な港でした。
神社跡
現在船舶公社の本社の社屋がある場所は、かつての真岡神社でした。
今でも神社の階段は、そのまま残されているためここには、日本人観光客が訪れます。
ちなみに私が初めてここ立ち寄った20年前には、まだ境内の手洗い場の一部が残っていました。
慰霊碑
かつて真岡の出身者の皆様によって建てられた慰霊碑には、観光客が参拝する姿が見られます。
すでに少なくなった日本時代の面影のなかでも、王子製紙の工場跡も寂れた郷愁が感じられるようになってしまいました。
樺太時代も第二番目の街として栄えた港町真岡訪ねてください。

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ユジノサハリンスクのスキー場・動物園・などと同じ地域の中で市民の憩いの場として人々が集まるガガーリン記念公園は、日本時代は豊原市民公園でした。
ソ連時代有人宇宙飛行を成功させたフルフチョフは、宇宙飛行士ユーリー・ガガーリンを伴い全国を行脚したのです。その際ここへ立ち寄り公園に彼の名前をつけて行きました。
公園1
空を見上げて両手を広げたガガーリン像は、今も公園の入口で健在です。
特にこの周辺は、新しい大型ホテルが建てられたり公園の設備が整備され、ますます近代化されてゆきます。
公園2
そして、季節ごとに行われるいろいろなイベントで市民を楽しませてくれます。
子供遊園地や子供鉄道など、観光で訪れる際にはここもコースに入れてください。
ロシア正教会もここのエリアにあります。

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経済お急成長バックにサハリンの街並みもどんどん進化して行きます。
以前はただの5階建てアパートでしたが、その壁面にいつの間にか垢抜けた宣伝の絵が書かれていた。実におしゃれなKAFFEのコマーシャルです。
カフェ1
その名もアラジンで、ガガーリン公園に平行する通りで車も歩行者も多い。
チョット気になって寄ってみたくなる雰囲気です。
カフェ2
暖かい日には、オープンスペースにもなりサハリンでは珍しい光景がみられます。
徒歩で観光される際には、是非一休みしてみたいお店です。

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市内観光の楽しみの中には、買い物も重要な目的の一つです。
買い物でもロシアの民芸品を中心に揃えるお土産屋さんと、ロシアからの持ち出しを許可されている食品や、日本への持込が可能な食品などが買えるお店にほぼ分かれます。お店1
特に見学を兼ねてお勧めは、自由市場ですが昔の面影はなく近代的なプレハブの店舗に入っています。それでも一部のお店は屋台で、手作りの野菜や野生の木の実などを売っています。
その他自家製の燻製各種もお薦めです。
お店2
そして古くからのお土産店ゲルメスは、今でも観光客が必ず訪れるお店です。
比較的狭いスペースで、かなりの種類のロシア土産を数多く揃えていて、必ず何かを見つけら見つけられるのが嬉しい。
普段は、日本語がまあ~まあ~話せる店員が対応してくれます。
旅の思い出に是非お立ち寄りください。

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8月末から今月始めにかけてサハリンを2度も往復しました。
かつては当然のことで、ほとんど向こうでの生活が中心だったような気がします。
特にこの季節は、涼しくなりかけてきますが空気が綺麗なため、天気の良い日は紫外線が強く陽に焼けてしまいます。
ましてや日本に帰ってから風邪を引いてしまうことが多くなりました。
やはり空気の違いでしょうか?
教会
カトリック教会も秋の青空とコントラストがよく鮮やかに見えています。
急激な車の増加で大気汚染が心配されていますが、日本と比べればまだまだ大丈夫のようです。
ナナカマドも赤く色ずいて、もう秋がすぐそこまで来ているようです。
市内
やがて、赤や黄色の木の葉が色づいて見事な色彩を見せてくれる日ももうすぐでしょう。

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ロシアから帰国して、今週見たNHKテレビの歴史番組で姫路城を中心に、お城の天守閣について詳しく放送していた。
当然、ここの博物館の建物を思い出しなら見ていました。
終戦が近くなった1945年の夏に日本軍の樺太の本部が一時的にこの建物を利用していたようです。
そして、敗戦後よくぞこの建物が壊されず保存されたと、いまだに関心させられます。
博物館1
当時やはりすぐさま破壊されたものは、神社の鳥居と社殿だったようです。
それにしてもサハリンでは、私の見た限りでは3っの鳥居が今も残されています。
さて、久しぶりに博物館を裏手から見てみましょう。
博物館裏
以前は、裏手などに回る機会などありませんでしたが、去年改修を終えた時点で一般公開されています。庭園が整備されバラをはじめ季節の花々が植えられ、北方民族ニブヒの生活を紹介する住宅や、チェーホフが見た時代の抑留者の収容所が再現されていたり、すっかり見違る変化です。
更に博物館の見学が楽しくなりました。

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現在、一部の展示室が改修中で、普段よりも少し狭いスペースでの展示になっていますが、
地元の子供達も歴史や自然について、特に古代の展示物は大変人気があるようです。
博物館1
やはりこの建物は、天井の高い石作りのため夏でも涼しく、室内に入るとひんやりと気持ちがいい。
そして、日本人の来館者にとって最も人気がある旧国境の標石のレプリカです。
北緯50度線に同じものが置かれて、国境を示していたもです。
当然現在は取り払われております。
博物館2
その他終戦当時のの樺太の様子や、ソ連時代の復興の様子などが同じコーナーに展示されています。いまでも残された日本時代の面影が、市内を歩きながら偲ぶことができます。

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サハリンを代表する日本時代から残された建物です。
現在も博物館として使われていて、観光ツァー客が必ず立ち寄るところです。
勿論、地元の学校でも課外授業に使われていて、教師の引率で多くの生徒の学習の場としても
利用されています。
博物館1
私達日本人は、残された日本時代の建物として希少価値を感じていますが、地元のロシア人たちは
このような日本的な建物をどのように見ているのか、大変興味がありますね。
現在館内は、修理中で一部の部屋を閉鎖して新しい展示物などを整理中のようです。
また新たな展示が再会されるのが楽しみです。
博物館2
また昨年、前庭の工事も完成して、噴水や木や花も整備され訪れる人々を楽しませてくれています。

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ユジノサハリンスク市の中心部、サハリンさっぽろホテルの裏手にある公園の中を通る道路に
旭川通りの名がついています。
道内に数あるサハリン各地との姉妹都市の中でも、一番最初に結ばれたのが旭川でした。
特にここユジノサハリンスクとは、内陸の盆地という共通の地理的条件を持つこともあります。
公園
一時的に友好関係が途絶えてしまいそうな時期もありましたが、現在は友好交流も続いています。
公園には、旭川市の花ナナカマドが植えられていて、また日本からプレゼントされた東屋も建っています。
公園2
サハリンを訪れる方には、是非訊ねていただきたい場所です。

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最近ロシアへ行った人に聞くと、ロシア料理が美味しかったといわれるようになりました。
と言うことは、以前はかなり評判が悪かったと言うことですね。
確かにロシア各地でいただく料理は、いつの間にか料金も上がっているが実に美味しく食べられるようになった。
ロシア料理
それには、いくつかの理由があると思いますが、全体的に食材が良いものを使用していることや、新鮮な油を使用していることなどが揚げられるでしょう。
ようやくロシア料理のグルメツァーも実現できるようですね。
特にサハリンでは、真っ先にそのような料理を作り始めたのは、「ルーシ」でした。
ルーシ
ここでは、使用されている食器もグジェリで実に清潔感+豪華な料理です。
是非とも本場のロシア料理をお楽しみください。

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8月15日日本では、終戦記念日として様々な行事が執り行われます。
サハリンでは、9月3日が終戦記念日とされています。
8月9日旧ソ連が対日戦線に参戦して、樺太では島内の各地で戦闘が起こりましたが、北から順に降伏を余儀なくされて行きましたが、真岡だけは軍隊が徹底抗戦を続けていました。
そのため現在のサハリンの終戦記念日が、9月3日におこなわれています。
慰霊碑
ここは旧樺太神社の入口に建てられたロシア軍の慰霊碑で、3日の記念日に向けて飾り付けやリハーサルが行われています。
そのすぐ近くに広がる巨大な敷地と木立の中にガガーリン記念公園があります。
かつて日本時代には、豊原市民公園として市民の憩いの場でしたが、現在も市民のくつろげる場として親しまれています。
そして現在も残る「王子が池」も見事な噴水が一目をひいています。
公園
この公園に中には、まだまだ残された日本時代の面影が見つけられます。

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8月末から二度のサハリン渡航で、初めてこんな長い期間ブログを休んでしまいました。
これからは、溜め込んだ写真を徐々にご紹介します。
今回は、貸し切りバスで稚内へ向かいましたので、途中休憩をしながら目的地を目指しました。
風車
風の強いサロベツ原野の名物は、風力発電の風車です。
この日は、余り風がないためゆったりと回るプロペラが、この風景に特に似合っている気がします。
少し夕暮れが近い海岸線には、殆ど人影も見当たりません。
利尻
そして沖合いに島影を見せているのは、利尻島と利尻山の美しい姿です。
羽幌あたりの海岸線からオロロンラインを通り、左手には常に姿を変えて見えているのが島影です。
さあ~この先は、休憩なしで一気に目的地稚内を目指します。
さて今晩何を食べようか?前回の八角の刺身は安くて旨かった!!。

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