▼ 爽やかな秋空
さて一夜明けて、本日も快晴で「天高く馬こゆる秋」の空です。

中島公園の池では、子供がパンを持って鴨たちを集めているが、横でカラスがズルイ顔をしてチャンスを狙っている。
良く見ると春にはまだ赤ちゃんだった小鴨が、随分大きくなっていた。

こんなにも至近距離で鴨を見ることが出来るのも、子供達には貴重な体験でしょう。やはり生物を大事に、地球環境を真剣に考える機会は身近にあります。さて、やがて北へ帰る白鳥の渡りもそろそろ始まりますね。その頃は、サハリンとの定期フェリーの今年の運航も終了です。
▼ ボルシチ造り
▼ 旧国境の街

3年ぶりに訪ねたスミルヌイフ駅は、外装が変わりすっかり美しくなっていた。かって駅前に住んでいた韓国系の知人もすでに他界していて、残る家には娘さん家族が住んでいる。
1991年からもう何度目か数える事はしなくなった。

丁度昼食の時間になり国道沿いのカフェーに立ち寄った。情報として聞いていた昨年オープンしたところで、宿泊施設もあり建物の中には、大きななスーパーマーケットも入っている。
この地域にしてはしゃれた施設だ。注文した料理もまあ〜まあ〜で、冷えたビールも旨い。北へ向かう中間地点にある施設としては貴重なだけに、頑張って営業して欲しいと思った。
長年の懸案だった観光ガイドのレベルアップを計るために、日ロフェリー利用促進協議会の全面的協力で、講座が実現します。
一回の開催でどこまで目的に近づけるか未定ですが、おそらくこの種の講座は初めての事、現地のガイド業に携わる人たちに多少なりとも影響を与えられば、今後のサハリン観光にプラスになると信じて、現在テキストのまとめ作業をしています。

一区切りついて息抜きに公園を散歩。今日も晴天で気持ちがいい。池の景色はすっかり秋めいていて素晴らしい。涼しくなり来園者も少なくボートもいないが、この景色なぜか懐かしく感じられる。若かったころ季節の変わり目に同じ景色を見ていたような気がする。

園内の景色は、見るところを変えれば様々に楽しめて楽しい。そして空気が清々しい。
適度に散歩して外気に当り、さあ〜テキストの最終仕上げだ。
▼ 週末(土曜日)
代表部のV嬢パーテイーの仕切りと通訳の二役を立派にこなしていた。
「大変お疲れ様」
さて二次会は「F」店。気分よく楽しく時間を過ごし帰宅。

朝は快晴。久しぶりに中島公園に散歩です。季節ごとの豊平館の姿は美しく秋の気配。餌をまくご老人に池の鴨も芝生に上がるが、カラスが割って入るのでそれを真剣に追い払う。
しばし穏やかな風景に見とれていたら、結構きつい風が吹いたと思ったらぼとっと何か落ちて来た。見るとナナカマドがひととふさ。

だいだい色に色づいたひとふさが足元に、嬉しくなって部屋に持ち帰りクリスタルグラスにいけた。癒されるお土産です。
さあ〜11時。2年前東京へ転勤で帰ったMさんと昼食の約束だ。
昼間から駅近くの寿司屋でチラシを肴にビールと冷酒を呑む。
話に花が咲き結構呑んで、登別へ同窓会のため向かうMさんと別れ気になっていた床屋へ。
スッキリして帰宅。少しのんびりモードに浸ろうと思うが、日ハムが負けているので気になる。
明日は、ガイド講座のテキストを何とか仕上げて、夕方母のところへ行く予定。

この列車は朝ポロナイスクを出発してポベジノまで行き、夕刻戻る一日一往復のローカル列車です。
ポロナイスクは、この地方ではやはり大きな街として田舎から買い物などに訪れるひとも多い。また内陸の人々にしてみれば、海のある街に新鮮な魚貝類の買出しできる。やはり地方の大事な交通網です。1945年終戦当時まで樺太鉄道の終点だった「古屯駅」です。
ここから旧国境北緯50度線に向かう途中、様々な戦争の跡地と慰霊碑が見られる。

今は穏やかな森林の中にあるひっそりとした街で、広軌化が進む鉄道の作業の前線基地、幹線道路沿いに北から液化ガスを運ぶパイプラインが敷設された。やがて北へ続く道路も舗装される予定です。

以前訪れたときにはまだなかったと思う。
まず1階フロアを見学に入ったところで、学芸員が説明を始めた。
植物+海の生物などなど、聞いている内にやはり北海道地方と殆ど同じ生態系で、見学者にとって全く珍しいものはない。
通訳者も一生懸命訳してくれるが、皆様だんだんばらけはじめた。
次のコーナーへ行きたいのだ。ここで仕方なく私が一言「すみませんが時間がないので、次へ進んでください」と。

やはり次のコーナーは、北方民族のコーナーで皆さんの興味をひく。戦前日本政府が民族隔離政策で、「オタスの杜」に北方民族を集めて生活させた所だ。その後ガイド無しで館内を巡った。
2階には姉妹都市北見との交流関係が展示されていた。
そろそろ時間を意識して館内を出たところで、学芸員がいてCDを勧められた。皆さん余り興味がなさそうなので立場上私が買った。
後で思ったが、民族関係のコーナーをじっくり見てみたい。また来よう。
▼ 街を歩く
地上3階建てのテナントショップは、食料品をはじめ高級ブテイックやスポーツ用品、貴金属・化粧品店などが入っている。

2階には市内に最近出始めた「エスプレッソ」のコーヒースタンドもあり、味を覚えた若者達が集まる。
地下には高級レストランがあり、最近始めたランチバイキングが人気で、豊富なメニューの内容は、ロシア料理と韓国料理があり日本人観光客にも喜ばれる。

外へ出るとこの周辺にあるルイノク(自由市場)があり、人通りが多い。この季節の名物スイカ売りがいて、買う事が決まれば試食もさせてくれて、良心的なサービスだ。
このような住宅街を歩くのも、ロシア人の生活に触れられるような気がして楽しい。
▼ 近づく秋の気配
北サハリンの内陸部では、もう紅葉が始まっていることだろう。
8月末ころには、すでに松茸を収穫したものを頂いた。今年はシャンピ二オン(白いキノコ)が多く採れているらしい。
と言うことは、落葉キノコも当然最盛期でしょう。

先週から雨が降りその後晴れた日が続き、キノコが元気に生長します。
ロシア人のキノコ好きは承知の通りで、冬の保存食として昔から愛用されています。

「こけもも」を始めいろいろな木の実も、ジュースにジャムに加工され保存されます。もうサハリンでは、冬への準備が始まります。

先ほど見た集会が北大通りでパレードを始めたようだ。スローガンは「性差別を無くそう」、と言う事だがよく理解できない。男性の女装が目立ち、そこに男女の若者達が行列に加わってる。何か訴えたいことを見ようとするが判らない。

先日「ゲイの日」について話題に出ていたが、それは確か4月4日のはず。参加者もそんなにも多くなく、見物するひともいない。ほとんど理解できず、写真だけ撮ってその場から離れてしまった。
どなたか、ご存知でしたら教えてください。
▼ 航空便が大幅遅れ
▼ 雨の土曜日
▼ 市民の憩いの場所
▼ 発展を続ける街
ここは、駅前からレーニン通りへ向かう通りで、周りのキヨスクも改装され、シャンデリアが並びすっかりイメージが変わった。

ただこのあたりには、相変わらずピロシキ売りとひまわりの種を売るおばさん達が、朝から晩までじっとお客を待っている。景色が変わってもその様子は変わらない。
レーニン通りのオケアンは、今ではテナントが多く入った商業施設になっているが、ソ連時代は、街でも数少ない大規模なレストランだった。

1階が海産物マーケットで観光客が必ず立ちよるところで、2階がレストランで、夜は特に生バンドが演奏するディスコでもあった。今では、19年前の面影は全くない。
夜は、ユジノ市長ロプキン氏を始め重要なパートナーを招き、交流レセプションが開かれました。
さて、本日朝は雨の予報でしたが、以外にも晴れとなり各コースとも空港へ集合しました。

短い滞在期間でしたが、SATのB−737機へ乗り込みです。

本日もクロパトコキャプテンの操縦で、快適な飛行です。
雲の上は晴れていて、余りにも雲が綺麗に見えるため、シャッターを切りました。まるで綿菓子のようで、青空とのコントラストにしばし見とれてしまいました。
▼ 賑やかな日曜日
開基125年・回帰60周年と言う二つの大イベントが、本日開幕しました。

本日12時に大多数の市民の行進から始まり、レーニン広場でセレモニーが始まりました。
開基125年だが、日本の豊原の時代はマイナス分は計算されていないようだ。
また、姉妹都市旭川との提携40周年も重なり盛大なセレモニーで、市内のいたるところで、様々なイベントが繰り広げられ、まさに市民のためには楽しい日曜日である。
もう一つのお祝い回帰60周年であるが、私達日本人出席者にとっては、取りあげられた立場からお祝いと言うことにはならないが、ともかく初めてみる大イベントの規模だった。レーニン通りと共産主義通りを完全にふさぎ、大歩行者天国に大勢の市民が繰り出し、今日の記念日を楽しんだ。日本からは、旭川・函館・東神楽から100名を越える市民が参加した。

▼ 巨大ビーツ
今ではサハリンでも、サファリ・ランクル・テイラノ等など日本製のジープが幅をきかせていますが、ソ連時代人々の憧れはこのジープでした。

1989年サハリンの観光コースを設定するため、このジープを借りて特に山・川・湖・遠距離を走り周り、現在のコースの原型を作りました。ともかくタフな奴で、沢や橋のない川などをゆうゆう渡り関心させられたことを思い出します。
その頃は迷彩色で、多分軍の払い下げだったかも知れません。
ただ、冬は暖房があまり効かないため、コートも帽子も脱げないまましっかり手すりにしがみついて乗っておりました。
「SU−Z」に久しぶりに出会って、最初に訪れた頃のサハリンと、当時お世話になったロシアの友人を懐かしく思い出しました。
▼ 買い物コース

民芸品店「ゲルメス」は、サハリンで老舗のお土産店です。
サハリンに限らずロシアの代表的な民芸品を豊富に揃えて、お店を訪れる観光客を楽しませてくれる。店主の一人娘アンナちゃんは、日本語教育をうけ従業員も日本語を勉強する日本人に優しい店で、小物から高級品まで選べる。

「スラビアンスキー・バザール」は、観光客にとっても食料品のお土産を選べる店です。
ウオトカ+コニャーク・ワイン+缶詰め類+チョコレート+お菓子類+パン+魚介類など、必ず立ち寄りたいところ。一部のクレジットカードも使え、スーパー方式で手にとって選べるのが便利です。

売られているものは、主に市民の生活用品だがここも観光コースとして楽しみなところ。豊富な種類のキムチも評判で、季節ごとに出てくるキノコや山菜など市民の生活も覗けるようです。
▼ 子供鉄道

日本からの観光コースの中に、すっかり定着しています。
かつて宇宙飛行士のガガーリンは、有人飛行に成功し首相フルシチョフに伴われてサハリンを訪問しました。地元でも熱烈な歓迎を受けて、公園の名前を彼の名前に変更しました。
鉄道の運営は、サハリン鉄道局の全面的支援を受けて、子供達の業務的な指導は、OBの方々の協力で行われています。
ここで育ち鉄道の仕事を目指す子供は、ハバロフスクの鉄道大学へ進学して行く例も多いようです。

日本時代この公園は、豊原公園として市民の憩いの場所で、この池はボート遊びが出来ると共に、王子製紙の貯水池として工場で使われていました。右上の橋は当時のままで今も面影を残しています。



































